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薔薇と白鳥に関するいくつかの考察-セリフを読む-

舞台「薔薇と白鳥」を、登場人物のセリフから考察する。

※随時、間違いがあれば修正・新たに思いついたor調べがついたら追記します。

 

《1幕ー1590年ー》

  諜報部員「今この国で、カトリックを信仰すること自体が罪なのだ!」

物語のキーとなる“プロテスタント”と“カトリック”。どちらもキリスト教の宗派の一つであるが、16世紀のイギリスでは、2つの宗派間で戦争が起こるほど大きな対立があった。物語の舞台となる1590年頃(エリザベス朝)は女王がプロテスタントであったことから、プロテスタントが主流。カトリックは改宗を強要され、従わなければ処刑されることもあったという。

 

  諜報部員「おぞましいカトリックの共の巣窟だ!火をつけろ!」

掲げられた聖母マリアの肖像や、子を抱く母親が聖職者を"神父"と呼んでいる点、神父が手に持つロザリオなどが、“カトリック”の象徴である。(プロテスタントは、マリア崇敬はなく、聖職者は"神父"ではなく"牧師"、ロザリオは使用しない)

 

  ケント「こいつがどうしても偽金製造機が欲しいっていうから、親分に頼んで手に入れて貰ったんだ!」    
ジャック「こいつとは去年牢獄で知り合って、その時偽金作りのことを教えてやったのさ

1589年、友人のウォットスンが起こした殺人事件に巻き込まれ入獄させられたマーロウが、偽金作りと知り合ったとの史実がある。『薔薇と白鳥』では、この時知り合ったのがジャックとケントである、という設定である。

 

  ジャック「(金貨をばら撒きながら)そいつぁニセモノだ!」

  ケント「噛んでみな!!」

本物の金貨を見分ける方法の一つに、噛んで歯型が付く(やわらかい)かを見るというものがある。この時、噛んだネッドは金貨を見ずに「偽金だ…。」と言っているので、見るまでもなく、硬かったということだろう。

 

  マーロウ「そこにいるネッドの芝居も、ほとんど俺が書いた!」

ネッドが演じたという記録が残る、タンバレイン(タンバレイン大王)、バラバス(マルタ島ユダヤ人)、フォースタス(フォースタス博士)など、人気キャラクター(役)はほとんどがマーロウの作品のものだった。

 

  ジョーン「どうして偽金製造機なんて手に入れようとしたの?(中略)何をしでかすつもり?」

  マーロウ「そうだな・・・何をしでかしてやろうか、そのうち思いつくさ。芝居のセリフと同じ、まずは ここ あたま に眠らせておく。そうすれば、そのうちにね。」

20ポンドもする偽金製造機を購入したマーロウ。しかしこの時点では使い道は決まっておらず、面白そうだったから、と購入の理由を話している。マーロウは自分のこめかみ辺りを二回指で叩いて「ここに(アイディアのタネとして)眠らせておく。そうすれば、そのうち(思いつく)」と話すが、この伏線は2幕の終盤、シェイクスピアとマーロウの対峙のシーンで回収される。

 

  シェイクスピア「神であろうと、王の栄光には適いません。(中略)真珠と黄金を散りばめた王冠を頂きー・・・」

劇団に入ったシェイクスピアがヘンズロウに覚えるよう言われ、披露したこのセリフはマーロウの『タンバレイン大王』の2幕の一節である。シェイクスピアは、ネッド演じるタンバレイン大王相手に、セリダバス、ぺチニースなど、3役を演じ分けて見せている。また、セリフ中出てくる”王冠”は『タンバレイン大王』における、王の栄光を示す象徴的なアイテムであり、後にシェイクスピアは自分の作品でもこの“王冠”を流用している。

  

  ジョーン「殺人事件絡みで投獄されるのは誰~?」

  マーロウ「・・・俺のような気がする。」

友人のウォットスンが起こした殺人事件に巻き込まれ、投獄された記録が実際にあるマーロウ。この入獄が、先述の偽金作り(この舞台ではジャックとケント)と知り合ったキッカケである。

  

  マーロウ「で?ストレインジ卿と決めた題材は?」

  シェイクスピア「ヘンリー六世です!」

  マーロウ「ヘンリー六世!?」

シェイクスピアのデビュー作であるといわれている『ヘンリー六世 三部作』であるが、そもそもそれまで一度も芝居を書いたことの無かった、また大学などで歴史を勉強したという記録のないシェイクスピアが、デビュー作でいきなり長編大河(歴史劇)を何故書いた・書けたか、現在も疑問視する声が多数ある。これについて『薔薇と白鳥』では“パトロンに題材を指定され、書き方はマーロウから盗んだ(吸収した)”という設定で説明している。

 

  マーロウ「お前、大学で歴史の勉強してこなかったのか!?」

  シェイクスピア「貧乏だったんで、大学に行くお金がなくて。」

史実でも、マーロウはケンブリッジ大学という優秀な大学出身であり、劇中様々なシーンで、歴史劇を書くにあたって史実を気にしているシーンが見受けられる。また、逆にシェイクスピアは大学に行ったという記録は残っていない。

 

  マーロウ「台本なんて、書き方を習うものじゃない!盗むもんだ!読んで盗め!」

  シェイクスピア「・・・盗んで、いいんですか?」

『薔薇と白鳥』の物語の核であり最大のフィクションでもあるのが、このセリフから始まる、マーロウとシェイクスピアの関係性である。様々な研究による2人の関係性で現在最も有力な仮説は“『ヘンリー六世』の共同執筆者”であるが、『薔薇と白鳥』では、この仮説を基に“共同執筆したのではなく、シェイクスピアがマーロウから劇作を学び・盗んだ(吸収した)上で、一人で書き上げた”というフィクションを作り上げている。もちろん、この設定自体は完全なるフィクションであるが、物語の随所に史実に基づいた設定を出すことで、フィクションに説得力を持たせている。

 

  ネッド「トールボットがフランスの魔女ジャンヌ・ダルクと一戦を交えるんだ!」

『ヘンリー六世・第一部』の見せ場となるのが、トールボットとジャンヌ・ダルクの一戦である。“魔女”とネッドが言っている通り、『ヘンリー六世』に登場するジャンヌ・ダルクは悪魔と契約し、魔力でトールボットを圧倒する。魔力をもつジャンヌ・ダルク相手に、味方からの援軍もなく戦うトールボット(親子)の姿は、悲劇の英雄として、当時観客の涙を誘ったという。また、魔力を取り入れた、戦争モノという作風は、当時のトレンド(タンバレイン大王/戦争もの、や、フォースタス博士/魔力もの)を上手く取り入れている。

 

  ネッド「堅いこと言うなよ!芝居なんてどうせ嘘っぱちなんだから!」

マーロウから「トールボットとジャンヌ・ダルクは同時代に生きていない!」という指摘を受けた、ネッドが発した何気ないセリフであるが、このセリフこそ、この『薔薇と白鳥』の裏テーマである、と勝手に思っている。『薔薇と白鳥』のマーロウとシェイクスピアの関係は、長きに渡り全世界の専門家によって研究され尽くしてきた、シェイクスピア(やマーロウ)の史実からすれば“嘘”かも知れないが、その“見るものを楽しませる嘘”こそがフィクションの醍醐味であり、この舞台のテーマであるような気がしている。

 

  マーロウ「なぜ飲んだのかって!?それは、 こいつ シェイクスピア に聞け!」

  シェイクスピア「僕がお願いしたんです!飲みに連れて行って下さいって!詩人が集まる有名な居酒屋に!」

『ヘンリー六世』は、マーロウとシェイクスピア以外にも、同時代の作家で劇中にも名前の出てくるロバート・グリーンやトマス・ナッシュの文体の特徴もあるという研究結果があり、3名以上での共同執筆ではないか、といわれている。それをなぞると、この詩人の集まる居酒屋には、ロバート・グリーンやトマス・ナッシュもいて、シェイクスピアは書きかけの『ヘンリー六世』を見せてアドバイスを受けたor二人の台本を見せてもらい吸収したのではないか、という深読みもできる。

 

  マーロウ「嫌な夢を見た。フライザーがあの底知れない眼で俺を追い詰め、握ったナイフで俺の胸をグサリと・・・」

ジョーンが「縁起でもないこと言わないでよ。」と言ったこの夢の伏線は、2幕のラストで正夢となる形で回収される。

 

 

[最終更新:2018.06.14]